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音楽・本・アートについて書こうと思います。
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「インテルメッオー」山崎博@ゴールデン街 こどじ
「インテルメッオー」
山崎 博
2008年8月1日~15日@新宿ゴールデン街 こどじ

ゴールデン街にある飲み屋「こどじ」の壁面に、10点余の10×13ほどのサイズの写真が展示されていました。
山崎先生は大学時代の恩師です。この日は来場されていなくてお会いすることはできなかったものの、ちょうどかかってきた電話でお話しできたのでうれしかったです。

写真のタイトル「インテルメッオー」というのは「幕間」という意味らしい。
作品はわりとラフなかんじの、それぞれにあまり関連性のない風景が中心なのだけど、中心、本番からそれたもの、しかし何か妙に強く印象に残る映像を感じました。そう、映像。スチールというよりムービーの感覚を、山崎さんの写真からは感じ取ることができる。

そういえばマン・レイの映画にも幕間というタイトルのものがあったっけ。けっこう好きでした。

こどじは写真集がたくさん置いてあって、ふらりと飲みに行って写真集を眺めてみたりするのもいいかな、なんて思った。
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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

Time waits for no one@MOTT GALLERY
4.1.TUE - 4.6.SUN
「Time waits for no one」@MOTT GALLERY
山中慎太郎/Shintaro Yamanaka

ゼミ同期の山中氏個展。もやっとしてるなあ。もやっと。色彩、現物に忠実なのか、だいぶ脚色してるのかよくわかんない。
知り合いの展示はなんかコメントに困るな。

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シュルレアリズムと写真 痙攣する美
シュルレアリズムと写真 痙攣する美@東京都写真美術館

相変わらずシュルレアリズムの写真といったらアジェ植田正治マン・レイとかばかり。そういうセレクトの仕方って、どっかで見たことある感じ。確かに彼らの写真はよい。が、現代の写真とシュルレアリズムの関係を見せてくれるのかと、その辺を期待していったのに、あったのは古い作品たちばかり。物足りない。いいんだけど、ちょっと残念な展示だった。現代はどうなってるんだ。アジェがあれだけの量を展示されるならば、都写美の考える現代のアジェ的な写真家の作品を紹介する、くらいの気概をみせてほしいなー。なんて。
1930年代くらいの日本の写真家たちの作品はかなりレベル高いとおもった。それとも海外のそれ系の写真を集めてこれなかっただけかな。
パンチの利いた、新鮮なシュルレアリズムと写真の関係を取り扱った展示が見たいです。

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マリオ・ジャコメッリ展
マリオ・ジャコメッリ展@東京都写真美術館

画質はいわゆる「アレ、ボケ、ブレ」なんだけど、日本の写真家(森山大道とか)たちみたいな激しさがなくて、端正。黒か潰れてて白が飛んでて、プリントがちょーキレイ(アンセルアダムスとか)みたいな写真と比べると、CGと油絵くらいに違うもの見てる気分になる。これも写真の表現の多様性だよなあ、なんて思う。白と黒との構成は、コマーシャル的なデザインの完成度とかとは違った方向性の構図で、なんか、謎の引き込まれる魅力がある。小粒でもピリリと辛い、じゃなくて、ずしりと重い、存在感。どのシリーズの写真を見ても、被写体がなんであっても、重量があり、湿っぽくなくかといってカラリとしてもいない、不思議な温度、湿度感。イメージを、温度感よりも重さ(深刻さじゃなくて重量の)で量りたいかんじ。
好き。

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映像をめぐる7夜
2/29 映像をめぐる7夜東京都写真美術館地下1階

第6夜「不在の映像・音の果て」(ライヴ・インスタレーション)
ゲスト:狩野志歩渡邊ゆりひと有馬純寿

狩野さんは高校生の頃に作品を見て心酔した映像作家のひとりです。ついでに母校ムサビの地下映像ライブラリーでひっそり受付してた方だったりして。

大盛況で満員御礼な会場。他の夜もすごい人出だったらしく、朝10時から配布される整理券を求めて並んだ人もいたほどらしい。全部の日に行きたかったけど、第6夜のみ行きました。

作品は縦長の大きなスクリーンに映像が投影され、ちょっとゴシックっぽい音楽が流れる。
映像は靄か霧のかかったような白あるいは黒、青一面のスクリーンから実写の風景が立ち昇るように現われては消え…みたいなかんじ。
映像に現れる具体物よりも、画面を支配する圧倒的な「翳り(かげり)」とでもいったらよいのだろうか、カメラと風景、スクリーンと映像、その間に挟まれた薄絹のようなモヤを味わったような感覚。その薄絹はこちら側に存在するのか、それともあちら側、いや、どちらでもない、「映像の世界」に存在するものなのだよなあ、なんてことを思った。
欲張ってスクリーンのまん前の椅子に陣取ったら近すぎて、見上げた首が痛んだ。
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