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音楽・本・アートについて書こうと思います。
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「旅行者の朝食」 米原 万里
旅行者の朝食 (文春文庫)旅行者の朝食 (文春文庫)
(2004/10)
米原 万里

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米原万里さんの食に対する好奇心たらもう半端ない。東海林さだおの右に出る人がいるとすれば彼女だ。
米原万里さんの他のエッセイでもわかるとおり、彼女の物事全般に対する姿勢は好奇心と愛情にあふれてる。そしてたぐいまれなる「面白がり」の性質がすごい。
このエッセイの食に対する愛と好奇心たら、もう本当に見事です。観察眼の鋭さと同居するやさしさは何を書いても嫌味がないし、そして懐の広さと語り口のもたらす味わいは後書きで東海林さだおさんが書いているとおり、どこか「おかあさん」のような雰囲気。
エスプリとかユーモアとか洒落とかの利いた文章も…美味しい!!!
いいエッセイって、作者がどれだけ物事に対して好奇心と面白がる気持ちを持っているかにかかってるんだっていう見本みたいな本でした。

ほんと、米原氏の文章を読み終わるたびに、私あなたが大好きです!って思うし、亡くなったのが早すぎて悔しくなる。
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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

「煙か土か食い物」 舞城王太郎
煙か土か食い物 (講談社文庫)煙か土か食い物 (講談社文庫)
(2004/12)
舞城 王太郎

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ミステリ、ではないと思うこの小説は。
だとしたら何なのか。
私はブログが一番近いんじゃないかと思ってる。舞城王太郎の作品全般に言えることだけど、意見発信ではなく公開日記としてのブログに、この人のスタイルとかスタンスは近いような感じがする。もはや私小説ですらない。だからこの作品にはすごく「今」を感じる。「現代」とかじゃなくて、個人感覚としての「今」を。
この作品は設定も展開も現実的にはあり得ないのだけど、あり得ないという言葉で片付けられないリアリティがある。それは、根底に流れるテーマが、誰もがどこかに持っているような家族に対する感情であったりするからだろうと思う。
ラノベ的な手法は割と嫌いじゃない。

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「浴室」ジャン=フィリップ・トゥーサン
浴室 (集英社文庫)浴室 (集英社文庫)
(1994/11)
ジャン‐フィリップ トゥーサン

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狭いユニットバスに浸かりながら読書。
これまで2度読みかけて退屈して読み止めたのに、今回はすらすら読めた。ボリスヴィアンで鍛えられたせいかも。

村上春樹meetsパリ、みたいな。パリジャンてば何してもおしゃれ。でも作者は実はベルギー人。
読者に対してわりとそっぽを向いて書かれてるんだけど、部分的にはこっち向いて、ね?ね!みたいな懐っこさも…ちょっとだけね、ある。この「そっぽ向いてる感」がこの小説が新鮮だとうたわれて流行った理由かしら。大事なとこは「あえて」見せない、その姿勢が1984年にはお似合いだったのかも。
あにはともあれ、フランスっぽい作品。

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「砂の女」阿部公房
砂の女 (新潮文庫)砂の女 (新潮文庫)
(1981/02)
安部 公房

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タイトルに砂の「女」とある。「男」ではないんだよな。砂と女と女の所属する社会のざらざらとどこまでも体にまとわりつき、侵入し、逃れられないものこそが主題であり、主人公である男は実は主人公という役割を課せられた、読者と物語世界の橋渡し、レンズの役をしているにすぎない。主人公であっても物語中での主題は彼の心理ではないし、感情移入するための装置としても彼は存在していない。
比喩として、砂に囲まれた村と家の舞台や男と女と村人の関係をとらえ、それによってこの小説は閉塞感に満ちた現代を描いている、と言うことができるだろう。しかし、この小説の素晴らしいところは砂、女、男、村人、村が比喩の領域を遙かに超えて息苦しい感触を得られるほどに実体として描かれているところにあると思う。リアリズム小説としてだけでも自立できるのだ。
片面ずつも楽しめるし、両方を重ね合わせながらも楽しめる。両極がすごい高みにあって、なおかつ共存しているこのバランスはかなり貴重なものだと思う。いつの時代であっても、読者は新鮮な感動をもってこの小説に出会うことができるだろう。

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箱男(阿部公房)
箱男箱男
(1982/10)
安部 公房

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他の本を読んでいても思ったことなんだけど、阿部公房は羞恥心を描くのがとても上手。第四間氷期とか顔とかカンガルーノートとかさ。「箱男」の主題は羞恥心に関してではないと思うけど、大事な部分を担っていることは確かなんじゃないかな。
一度読んだだけじゃ文章の主体が誰かとかどういう構造でもって小説が構成されてるのかとかわかんない。でも続けて読むのはしんどいからまた気が向いたらもう一度読もうと思う。

「箱」っていうのは比喩であるのと同時にこの小説の中では実在する存在でもあるわけだ。「箱」を用いることによって、世界と自我を同時進行で進ませつつ二重重ねにしつつ分離もさせてるし、小説内の話者と読者の視点を重ねないようにしてる。
のか?
難しい本だな。
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